パソコンのサウンドに欠かせないもの、それは音源である。 現在のパソコンはサウンドボードが搭載もしくは内蔵されており、主としてPCM音源で録音・再生を行っている。 しかし、かつてはサウンドのためにPSG音源やFM音源と呼ばれるLSIが搭載されていた。 ここではそのPSG音源やFM音源を中心にパソコンやゲームなどと絡めて語っていこうと思う。 |
1.コンピュータと音源の出会い
コンピュータの黎明期では音というのはユーザに対して何かを知らせるためのものであったため、音楽とは無縁のものであった。
所謂ブザー音である。
ブザー音の出力には「圧電ブザー」が主に用いられていた。
圧電ブザーの仕組みは、中に電圧を掛けると伸長するセラミックに金属が貼り付けられてある。
それに対して電圧をON/OFFすることで、振動し音となって伝わるというものである。
代表例は、NEC「PC-8001」などでエラーを起こすと鳴る「BEEP」音である。
BEEPの語源は英語における「ピー」の擬声語である。
その後、「マイコン」が普及するにつれて、ユーザの「音楽を演奏したい」という要求が高まった。
そこで、圧電ブザーの周波数を変えることで音階を表現する方法が現れた。
また、Intel社の「i8253」はタイマ基板だが、1chで周波数可変のBEEP音を出力した。
同じくZilog社の「Z80 CTC」でも同様の使われ方をした。
音源としての「i8252」はSHARP「mz80K/C/E/700/1200」などで採用された。
「Z80 CTC」はTOSHIBA「PASOPIA」などで採用された。
これらは当然ながら単音でしか演奏できなかったが、機械語を使って時分割で和音を表現するという方法が編み出されたりした。
(ただし、「mz80B/2000/2200」ではタイマ割り込み機能がないため、サウンド出力中は一切他の処理ができないという悲しい仕様であった)
一方、黎明期においてゲーム専用機が出現した。
当初はマイコンと同じく、ゲーム機も当初は圧電ブザーの音のみであった。
そんな中、General Instrument社が開発したLSIの中に「AY-3-8910」というものがあった。
元々GI社が開発したゲームシステム「GIMINI」の中で、リズムボックスなどのソフトで使われていた。
これが「Programmable TV games - Sound Generator」→「Programmable Sound Generator」→「PSG」音源と呼ばれるようになった。
PSGは矩形波 3ch+ホワイトノイズを出力する。
その後、PSGはAtari社のゲーム機で採用されたことで、業界標準化のような形で広く使われるようになっていった。
その理由はもちろん音源としての性能もあったが、汎用の入出力ポートを持っており、Atari社はそれをコントローラの端子として使用した。
これが俗にいう「アタリ準拠」として使われ、PSGが搭載された機種は同様のコントローラ用ポートを持つことが多かった。
同じような機能を持つLSIは、Texas Instruments社の「SN76489」がある。
ただ、「SN76489」はPSGではなく、「Digital Complex Sound Generator」→「DCSG」である。
(エンベロープを持たないなど一部仕様が異なる)
また、1983年にMicrosoft社とアスキーが提唱した「MSX」に搭載するため、ヤマハが互換LSI「YM2149」を開発。
これはPSG上位互換であり、ハードウェアエンベロープの性能が向上している。
他にもTI社の「SAA1099」(6ch-Stereo再生)もDCSGである。
また、PSGとは若干異なるものとしては任天堂「ファミコン」に採用されている「pAPU」(pseudo Audio Processing Unit)がある。
これはCPUである「RP2A03」に組み込まれており、矩形波(2ch)・三角波(1ch)・ノイズ(1ch)・DPCM(1ch)とミキサー機能を持っている。
また、「ディスクシステム」には周波数変調可能な「波形メモリ音源」が搭載されていた。
(ディスクシステム版とカセット版で音が異なることがあるのはこのためで、わかりやすいのは日本版「ゼルダの伝説」と海外版「The Legend of Zelda」)
NEC HE「PC-ENGINE」の音源はハドソンが開発したCPU「HuC6280」に内蔵された波形メモリ音源である。
これは「Wave Sound Generator」→「WSG」ともいわれる。
同様のものはナムコのアーケード基板やシステム基板「SYSTEM I(86)」などにも搭載されている。
有名なものでは「ゼビウス」や「ドルアーガの塔」「ワールドスタジアム」(SYSTEM I)などがそれである。
MSXのためにコナミが開発した「SCC(Sound Creative Chip)音源」も波形メモリ音源の一種である。
同社「F1スピリッツ」「グラディウス2」などで用いられた。
アーケード基板でも「フラックアタック」「シティボンバー」などで採用された。
他にも沖電気「MSM5232」は8chでエンベロープジェネレータを持っていた。
これはタイトー「影の伝説」(初期版)やアルファ電子「エクイテス」といった、独特のサウンドを持つゲームに採用された。
このようにPSGの登場でコンピュータと音楽は出会いを果たし、互いに向上していったのである。
その産物が、プログラミングにおいて音楽再生を表現する方法である。
すなわち「MML」(Music Macro Language)である。
MMLはPSGの制御と楽譜の表現(音符や休符など)を記したものであり、これによりある程度自由に楽曲を生み出すことができるようになった。
MMLはその後FM音源になっても引き継がれていくことになる。
●PSG(AY-3-8910及び相当品)を搭載した主な機種
●PSG(YM2149)を搭載した主な機種
●DCSG(SN76489)を搭載した主な機種
●その他のPSG系音源を搭載した機種
音源が音楽シーンを大きく変えたものにデジタルシンセサイザの存在がある。
それまでのアナログシンセサイザはアナログ回路を使って「鋸波」や矩形波、三角波などの波形の倍音を加工するものであった。
しかしとてもデリケートな回路であり、まるで本物の楽器のような調律が必要だった。
(実際、YMOの初期に使われていたものは、コンサートの開始数時間前から本番と同じ照明を使って温度変化を防いでいたらしい)
1970年代後半「正弦波」に対してFM(Frequency Modulation:周波数変調)方式での変調を使った音色合成方式が確立された。
それを1980年にヤマハが実用化したのが、「FM音源」である。
特に有名なのは同社のシンセサイザ「DX7」で、当時あらゆる音楽シーンで用いられた。
(面白いところでは初期のJR東日本で使われていた発車メロディの一部など)
FM音源の特徴は複数のオペレータ(波形の発振・変調を行う)が発生させる波形を合成し、複雑な波形を実現できることである。
2オペレータの場合は、X軸に対する正弦波とY軸に対する正弦波を合成して位相変調を実現している。
更に複数のオペレータを並列・直列で繋ぐことでより複雑な波形を得ることができる。
これにより、従来のPSG音源では実現できなかった実際の楽器に近い音の再生が可能になった。
また、音色の定義もパラメータはそれ程複雑ではないため、容量が少なくコンピュータには適したものであった。
ヤマハはFM音源において他の追従を許さない企業となり、色々な音源チップを開発した。
まずは「YM3526」(OPL)である。
2オペレータ 9ch or 6ch+リズム 5ch(キャプテンシステム準拠)のどちらかを選択。
音色が独特で使用されたゲームの特徴にもなった。
●OPLを搭載した主な機種・ゲーム
「Y8950」は別名「MSX-AUDIO」と呼ばれており、文字通り「MSX2」のオプションとして採用された。
OPLに1ch ADPCMが追加されている。
●Y8950を搭載した主な機種・ゲーム
「YM3812」(OPL2)はOPLを基本としたもので、正弦波以外も発振可能になったため、より表現力が高まった。
●OPL2を搭載した主な機種・ゲーム
「YMF-262M」(OPL3)はオペレータが2/4の組み合わせで様々な動作モードがあった。
●OPL3を搭載した主な機種・ゲーム
「YMF278B」(OPL4)はOPL3に24chのPCM音源を搭載したものである。
●OPL4を搭載した主な機種・ゲーム
「YM2413」(OPLL)はOPL2のサブセットである。
このシリーズは「YM2420」(OPLL2)、「YMF281」(OPLL-P:主にパチンコ・パチスロ向け)、「YM2423」(OPLLの音色違い)などがある。
●OPLLを搭載した主な機種・ゲーム
「YM2203」(OPN)は4オペレータ 3ch+SSG 3ch。
SSG(Software-controlled Sound Generator)部分は「AY-3-8910」相当であり、I/Oポートもあった。
●OPNを搭載した主な機種・ゲーム
タイトー「ダライアス」はOPN×2に沖電気のADPCM音源「MSM5205」が採用された。
シートに設置された「ボディソニック」と相まって、重厚な音楽環境を実現していた。
(ちなみに国内のアーケード基板で最初にFM音源(OPN)を搭載したのはカプコン「戦場の狼」である)
「YM2608」(OPNA)は以下の構成となり、OPN上位互換になる。
・4オペレータ 6chステレオ+リズム 6chステレオ+SSG 3ch+ADPCM 1ch ステレオ+ノイズ 1ch
●OPNAを搭載した主な機種・ゲーム
「YM2610」(OPNB)は以下の構成となり、OPNAの下位互換となる。
・4オペレータ 4chステレオ+SSG 3ch+ADPCM 7ch(周波数固定 6ch+周波数可変 1ch)ステレオ+ノイズ 1chステレオ
●OPNBを搭載した主な機種・ゲーム
「YM2612」(OPN2)は4オペレータ 6chステレオでOPNAの下位互換。
「YM3438」(OPN2C)はCMOS版。
OPNAと異なる点はFM音源6chのみだが、そのうちCh.6をDACとして使用できることである。
派生として「YMF276」があり、DACで16bitデータを扱うことができ、外部DACも利用可能。
こちらは富士通「FM TOWNS II」に採用された。
●OPN2を搭載した主な機種・ゲーム
「YMF288」(OPN3)もOPNA下位互換である。
・4オペレータ 6chステレオ+リズム 6chステレオ+SSG 3ch+ノイズ 1chステレオ
●OPN3を搭載した主な機種・ゲーム
「YMF297」(OPN4)はOPN3にOPL3互換モードが搭載されたものである。
●OPN4を搭載した主な機種・ゲーム
「YM2151」(OPM)は4オペレータ 8chステレオで構成される。
●OPMを搭載した主な機種・ゲーム
「YM2164」(OPP)も構成はOPMと同等で主にシンセサイザ(コルグ「DS-8」など)に採用された。
「YM2414」(OPZ)は主にヤマハのシンセサイザ(「DX11」など)に採用された。
「YM2424」(OPZII)も同様である。
他にもいくつも派生がある。
例を挙げると「YMF271-F」(OPX)、「YM2128」(OPS)、「YM2604」(OPSII)や、当時の携帯用に開発された「YMU75x(MA-x)」などである。
変わった派生系としてはセガ「サターン」に採用された「YMF292-F」(SCSP:Saturn Custom Sound Processor)は特筆すべきであろう。
これはPCM音源 32ch or FM音源 8chというちょっと変わった仕様である。
●SCSPを搭載した主な機種・ゲーム
雑多な列記となってしまったが、それだけ多くのバリエーションと活躍シーンが存在したということである。
如何にこの時代におけるFM音源が重要だったかがわかる。
PSG/FM音源時代のゲームサウンドの凄さは効果音にすら「楽譜」があるということである。
非常に短い音節を連続で発声することで、曲ではなく音に聞こえるのである。
それは以下の音の再生速度を遅くするとわかると思う。
彼の時代は全てが職人により支えられてきたといっても過言ではない。
音源において「PCM音源」の存在は実はかなり初期からある。
PCM(Pulse Code Modulation:パルス符号変調)の理論自体は、それ程難しいものではない。
単純に言えば波形をそのまま記憶して再生する、というものである。
そのため1960年代には既にサンプラーが開発されていたが、高額かつ大規模で音楽スタジオ以外では殆ど使用されていなかった。
1980年代に入ると低価格のサンプラーが開発され、一般でも使用されるようになってきた。
この技術はCD(Compact Disc)でも使われており、徐々に一般化していった。
日本で最初にPCM音源を採用したシンセサイザがコルグ「M1」である。
「M1」より少し前にローランドが発表した「D-50」は「LA音源」というサンプル音源を重ねて発声するレイヤー機能を持っていた。
その後、ヤマハがFM音源とPCM音源のハイブリッドである「RCM音源」を開発した。
PCM音源はその簡易版ともいえる「ADPCM」も含めて、そのデータ量がネックとなる。
(ADPCM:Adaptive Differential Pulse Code Modulation:適応的差分パルス符号変調)
そのため、90年代初頭まではあまりパソコンやゲーム機には採用されなかった。
しかし、SHARP「X68000」がOPMに加えて1ch ADPCM音源(沖電気「MSM6258」)を採用した。
その後ソフトウェアによりADPCMが同時8ch(後に16chも)再生可能となった。
これによりOPMによる音色作成に加えてADPCMでのサンプリング音源を利用して、多彩な音楽データが生み出された。
その作成者の中には後にゲーム業界などでプロのサウンドコンポーザとなったものも少なくない。
また任天堂「スーパーファミコン」がDSP(Digital Signal Processor)による16bit ADPCM 8ch(32KHz)を実装した。
これ以降、ゲーム音楽もPCM音源が主流となっていくことになる。
(実は任天堂は据置型でも携帯型でも明確なFM音源は採用していない)
最後となるが、他のゲーム機でのPCM音源対応は以下の通りとなる。
セガ「ドリームキャスト」はADPCM 64chで、ヤマハが開発した32bit RISC CPU「ARM7」内蔵のサウンドプロセッサを搭載。
ソニー「プレイステーション」はPCM 24ch(16bit/44.1KHz)を搭載。
このサンプリング機能はCDと同等のスペックである。
「プレイステーション2」はPCM 48ch(44.1/48KHz)にソフトウェアシンセサイザ「WebSynth」を搭載。
「プレイステーション3」はLinear PCM 7.1chにDolby Digital 5.1chのソフトウェアでのコーデック対応となった。
任天堂「NINTENDO64」は16bit ADPCM最大100chステレオである。
「ゲームキューブ」は16bit DSPによるADPCM 64ch(48KHz)を実現。
「Wii U」「Switch」はLinear PCM 5.1ch サラウンドに対応。
PCM音源は今の時代においてパソコンやゲーム機のサウンド再生としては欠かせないものとなった。
しかし、だからこそ「チップチューン」に代表されるような音源チップによる音楽再生に改めて魅力を感じるものである。
※ エンベロープ:一般的には音声波形のピークが描く曲線。 PSG音源ではハードウェアエンベロープとして減衰波(時間経過とともに振幅が小さくなっていく波形)・鋸波・三角波などが表現可能である。 更に音量レジスタの調整を行ってソフトウェアレベルでのエンベロープを実現するソフトウェアエンベロープがある。 ※ ディスクシステムについている音源を「FM音源」の1つとしてみる場合もある。 FDS音源は波形メモリ音源の一種で、FM音源のような周波数変調(パルス幅変調)を可能とした音源である。 ※ MMLの例 音階:CDEFGAB 半音:C+/C- 休符:R 音長は仕様によって異なるが、一般的には全符を1,2分を2というようにそのままの数字で音階の後につけるか、音長指定「L」の後につけるかで表現する。 付点は数字の後につける仕様が一般的。 (音長を1〜9というような表現をする仕様もある) 一般的にはオクターブ指定「O」、テンポ指定「T」、ヴォリューム指定「V」などでその他の制御を表現する。 例)PLAY "T160L16O4CO5CO4BO5CECO4BO5C" ※ 矩形波:方形波とも。 コナミの「矩形波倶楽部」はここからきている。 電車のモーター音(VVVFなど)は波形にするとこれになるので、音階として聞こえる。 ![]()
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※ 三角波:「ファミコン」の低音部がこれ。 特にエニックス「ドラゴンクエストIV」の「トルネコのテーマ」が印象深い。 ![]()
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※ 鋸波:アナログシンセの基本波形。 ブラウン管走査線の波形でもある。 ![]()
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※ 正弦波:人間が単一の波形(音)として認識できる。 オルガンの音は正弦波に近く、FM音源はオルガンなどの正弦波に近い音色の再現を得意とする。 ![]()
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※ OPMにおける音色定義の例。
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※ キャプテンシステム:電電公社(現在のNTT)が次世代サービスとして展開していたネットワークシステム。 電話回線を通じてデータをやり取りしてテレビなどを利用した端末に情報を提供するものであり、1984年から2002年までサービスが提供されていた。 |
参考 |