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レース


一言にレースといっても色々なカテゴリーがあるが、最初に興味を持ったのは「ポールポジション」が出た1982年頃である。
「ポールポジション」の舞台は「富士スピードウェイ」。
このサーキットは実際にF1も開催されたことがあり、日本を代表するサーキットだった。

その後、当時のF2で無敵を誇っていた「中嶋悟」がF1デビューすることになり、フジテレビによるテレビ中継もスタート。
ようやく書籍メディア以外でF1情報が入手できるようになった。

そこで色々なレースやマシン、ドライバーを見てきたわけだが、私の好みはどちらかというと渋めらしい。
好きだったドライバーといえば、「キャノン・ウィリアムズ」の「ティエリー・ブーツェン」。
あとは「レイトンハウス・マーチ」の「イヴァン・カペリ」。
そして不運の事故にあってしまった「ベネトン」の「アレッサンドロ・ナニーニ」あたりであった。

「イヴァン・カペリ」といえば、90年フランス「ポールリカール」であろう。
中盤までは「レイトンハウス」の2台がリードする展開。
「マウリシオ・グージェルミン」が途中リタイアとなり、中盤から追い上げてきたプロフェッサー「アラン・プロスト」が優勝した。
このレースで「カペリ」自身は2位となった。
空力的にとても繊細といわれたマシンが「ポールリカール」にずばり的中したということとともに、とても印象的なレースであった。

そのマシンのデザイナーこそが、後に「空力の天才」と言われる「エイドリアン・ニューウェイ」であった。
彼自身はフランスGP前に成績不振を理由に解雇された。
しかし「ウィリアムズ」がすぐに彼を雇用し、「ナイジェル・マンセル」のワールドチャンピオン獲得に結び付いた。

「中嶋悟」はやはり年齢的に遅めのデビューであった。
そのためか、目覚しいという結果を残したとは言いがたいのかもしれない。
しかし彼の同僚となったドライバーは「アイルトン・セナ」「ネルソン・ピケ」「ジャン・アレジ」といった、名ドライバーばかりであった。
彼自身も雨のオーストラリアGPで、ファステスト・ラップを刻み、入賞を果たしている。

結果、彼が開いたF1への道を「鈴木亜久里」「片山右京」といったドライバーが次々と通っていき、世界と戦った。
最近は日本勢ワークスが相次いで撤退するなど厳しい状況だが、いつの日か日本人が最高峰に立つであろうと期待している。

2021年シーズンは「角田裕毅」が参戦。
ホンダのラストシーズンでもあり、日本人ドライバーの久々の参戦でもあるので色々と期待をしている。

あ、失敗の歴史も面白いけどね。
(スバル・コローニとか…ザクスピード・ヤマハとか…)


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